大正15年8月 横田清が現在地に横田内科病院を開設
昭和20年8月 戦災により全焼
昭和21年8月 病院を再建。前後して院長が初代の富山市民病院長に就任、昭和24年12月に病没するまで勤める。この間、富山市医師会会長、富山県医師会会長を歴任
昭和40年10月 横田力が横田内科医院として再開院(病床数16床)
昭和43年12月 第1期建物竣工(延1088㎡)
昭和44年4月 横田内科病院となる(病床数18床、結核9床)
同年、6月  一般18床、結核10床に増床
同年、8月  一般30床、結核10床に増床
昭和46年1月 一般35床、結核10床に増床
昭和47年12月 人工透析開始
昭和48年4月 第2期建物竣工(延2618㎡)
同年、4月 一般50床、結核10床に増床(ICU2床、CCU2床等)、手術室設置。検査室、厨房等改築
昭和53年 横田力が黄綬褒章を受章
同年、4月 立体駐車場・宿舎竣工(延842㎡)
同年、12月 第3期建物竣工(延3007㎡となる)
昭和54年 横田力が紺綬褒章を受章
同年、2月 透析室の拡大、頭部用CTスキャン設置。一般69床、結核10床に増床
同年、9月 横田病院に名称を変更
同年、9月 診療科目に外科を追加
昭和55年12月 医療法人財団博仁会に組織変更
昭和61年10月 全身用CTスキャン設置
昭和62年3月 患者送迎バスを導入
平成元年7月 結核病床10床を廃止(一般病数床69床)
平成2年6月 開院25周年記念北海道旅行を行う
同年、10月 開院25周年記念落語寄席、パーティを開催
平成3年3月 院内保育園のライネ保育園を開園
同年、12月 富山県病院厚生年金基金に加入する
平成4年6月 田丸総婦長と小島婦長が看護協会会長賞を受賞
平成12年4月 新病棟開設(病床数68床)
平成15年3月 院内保育園のライネ保育園を閉園
平成16年3月 国税庁長官より特定医療法人の承認を受ける
平成19年10月 菅原秀徳が院長に就任。村田浩之が副院長に就任
平成24年12月 次世代育成支援対策推進法第13条に基づく基準適合一般事業主の認定を受ける(くるみんマーク取得)
平成25年4月 透析40周年記念パーティを開催
同年、8月 横田力理事長が病没
同年、8月 富山県知事より「元気とやま!仕事と子育ての両立支援企業」として表彰される
同年、10月 横田龍大が理事長に就任
平成26年3月 透析機器入れ替え(50床用)、透析に使用する原水を井水から市水へ切り替える
平成26年12月 経済産業省の生産性向上設備投資促進税制の認定を受け、X線透視診断装置の更新を行う。(北陸三県で初の導入として新聞社より取材を受ける)
平成27年7月 老朽化していた屋内駐車場を取り壊し、新たに駐車場47台分を整備する
同年、10月 第1回横田病院 病院祭『ういとり祭』を開催する
平成28年1月 認知症検査『MCIスクリーニング検査』(富山市初)、『APOE遺伝子検査』を開始
同年、3月 厚労省が実施する仕事と介護の両立支援に関する取り組み『仕事と介護を両立できる職場環境の整備促進に取り組んでいる企業』として登録(仕事と介護の両立支援マーク『トモニン』の使用登録)
同年、4月 クレジットカード会計の運用開始
同年、9月 第2回横田病院 病院祭『ういとり祭』を開催する
平成29年1月 診療科目より外科の標榜を取り下げる
同年、7月 『イクボス企業同盟とやま』に加盟する